JOURNAL

魔法の言葉のシャワー

子どもを産むまで気付かなかった

 

誰かに評価されたくて、

 

手柄を認めてもらいたくて、

私は子どもを授かるまで必死に"仕事"をしていた。大好きなメイクの職業だった。

子どもを産んでからは、毎日休む暇なく誰かのために尽くしているのに評価されない、手柄は誰かに取られっぱなしで、認めてもらえない。

 

わたしこれからずっとこんな風に生きていくのかな?

小さな赤ちゃんを抱っこしなから、急に違う景色が目の前に広がり不安だった。  

 

承認欲求を満たすために育児グッズをたくさん買っては子どもを着飾り、可愛い写真を狂ったように撮りまくっていた時期もあった。

 

今思えば産後うつだったかもしれない。

 

今日は誰かと話したっけ?と、

まだねんね期の赤ちゃんを抱っこしながら

ひとりで気を落としていた時期もあった。

 

気がつくと泣いていた。

 

あれ?わたし、幸せなはずなのに、

結婚して産休育休もとって、可愛い赤ちゃんもいて、、、あれ?なんで泣いているの?

 

悲しいわけじゃない

 

ただ、だれかに認めてもらいたかった。

こうした方がいいよ、

これは良くないよ、

そんなアドバイスは腐るほど貰った

 

私が欲しかったのは育児のアドバイスでも、育児グッズでも、花でもケーキでもなかった。

 

ただ『頑張ってるね、大丈夫だよ』って認めてもらいたかった。

 

今の私はどうだろうか?

 

気づくと子どもにアドバイスや指摘、〇〇したの?まだやってなかったの?

と、言ってるではないか。

"頑張ってること"に目を向けず

"できていないこと"ばかり見えてしまっている

 

そうだ、わたしは昨日より出来たことを認めてほしくて現役時代、仕事を頑張れたんだ。

きっと子どももそうかもしれない!!

 

先生や友達からは見えない【些細なこと】を、母であるわたしが見えていることが子どもの支えになるかもしれない。

 

『頑張ってるね、大丈夫だよ』

 

ただ、その魔法の言葉をかけてあげて抱きしめてあげるだけで少しは楽になるのかもしれない。

 

わたしがそうだった様に。

できないこと、やらなきゃいけないことは

痛いくらい散々周りに言われているから

子ども本人も気が付いているでしょう。

 

前に踏み出す勇気や、この人に認められたいという気持ちが湧くまで、魔法の言葉のシャワーをわたしがかけてあげなくちゃ、誰がかけてくれるのか。

誰が導いてくれるのか?

『やる気スイッチ』とか『背中を押す』とか言うけれど、根気よく種蒔きをしなければ芽が出ないよね。

 

芽が出てもその小さな芽を見過ごさずに

「大丈夫!頑張ってるね!」って声をかけてあげなければ花は咲かないし、実はならないんだろうな。

 

雑草の様に踏まれても引っこ抜かれても自生できる子はきっとほんの僅かなのでは?

人間はそんなに強くない生き物で、人は人で変われると思う。

 

『人』は支えたり支えられたりして『人』になるから。

 

 

きみもわたしも頑張ってるね!

大丈夫、大丈夫!!

と今日も言いまくろう。

 

 自分だけの色の花を咲かせよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ページの上部に戻る