PARENTS JOURNAL

PHASE YOU -初めて自分らしさを出せた瞬間-

自分らしさってなんだろう。

このテーマで投稿のお話を頂いた時にふと考えてみた。

「周りがこうだから」とか「こうすべきと言われているから」とか、みたいなもので決めたものではなく、 自分のこうしたいが言動に現れた時に初めて自分らしさになる 、というのが自分が結論づけた答えだ。

なかなかしっくりくる。

ここまで考えて、もう少し深く考える。というより振り返ってみる。

「自分らしさ」からは程遠い人生を過ごしていたなぁ、今まで 常に周りに答えを求める人生だった。

足元の写真

なんでそうなったのかは分からない。

大好きな姉2人の背中を見て、末っ子長男として周りに甘やかされながら育って来たからなのか。
倫理観を持っている両親の元で育ってきたからなのか。
幼少期に怒られたことが知らず知らずトラウマになっていて、怒られるということに対して嫌悪感があったからなのか。

元々好奇心がないというのも要素の1つなのかもしれない。

小学校の時に買ったゲームも、集めたカードや漫画も、
中学校に入って始めたバスケもドラムも、
高校の時に開けたピアスも専攻したクラスも、
進学をした大学も、選んだゼミもサークルも、初めて経験したアルバイトも

新卒から現在進行系で在籍している会社だって。

思い返すと自分の意思で決めたものは1つもなかった。

家族に言われたから、先生に言われたから、仲の良い友達、当時の彼女に言われたから。

そんなつけが回ってきたのか、新卒時代、研修が終わった後に現場配属になり、色々と仕事を学んでいる時に当時の上司から言われた言葉がある。

「(自分の名前)は先に答えを求めすぎ。」

当時の自分には「それの何が悪いんですか?」的なスタンスで特に刺さらず、別に今になって刺さっているわけでもないのだが。

ただ、言われた通り、確かに常に答えを求めていたなぁとは思う。

別にそう過ごしていたこれまでの人生を後悔しているわけでもないのだが。

そんな常に周りに答えを求める人生だったが、大きく変わることになった出来事がある。

それがパートナーとの出会い。娘の誕生。そんなことを経て決断をした1年間の育休取得。

これまでの自分からは考えられない、大きな大きな決断。

初めて自分らしさを出せた瞬間。

そんな初めて自分らしさを出せるまでの少しだけ昔の話。

上司のいう「先に答えを求めすぎ。」

の言葉にある通り、それ以降も答えを求め続けた。

周りに比べてかなりの遅咲きになってしまったが、
先に答えを求め続けたことが功を奏して、ある一定を超えたタイミングでほとんどのことはできるようになった。
常に言うことを聞く、かつ従順な言動は上層部の評価を集めるのに苦労はしなかった。

その後も気になるのは周りからの評価。会社からの評価。世間からの評価。

上からは早めに管理職に上がるように進められ、特になんの疑問も持たずにそれを目標にして仕事をする毎日。

そんな変わり映えのない毎日の中で今のパートナーと出会う。

出会いは会社で1つ上の先輩。

周りの顔色を伺って、自分の意思を無意識に押し殺してしまう。

こんな自分とは正反対で自身の考えをしっかり持っており、かつそれに固執することはせず、常に満足しない。

自分の「こうしたい」という本音を妥協せず、突き進んでいく。

そんな人だった。

関係を深める中で、今までの人生ではしてこなかったような、心の内側の話をたくさんした。

「無意識に自分を押し殺してる、そんな呪いから開放してあげたい」
決まって彼女はそう言ってくれた。

嬉しかった。

これまでの答えを求めてばかりきた人生で形成された自分ではなく、
そんなものを全て取っ払った状態の本来の自分を認めてくれようとしてくれた。

2年の付き合いを経て結婚をしたが、その時に彼女が約束してくれたことも
「男としてとかではなく、ひとりの人としてありのままのあなたを尊重しつづけます」  だった。

常に答えを求める自分ではなく、自分のこうしたいを言動に表すことを一貫して応援してくれる唯一の人だ。

そんな生き方が出来るのかもしれないと気づかせてくれた、大きな分岐点だった。

一方、頭では分かっていても、これまでの自分の無意識な言動は変えることは難しい。

自分のありのままで生きたいと思い始めても、そうすぐには変えられなかった。

功績が認められて、比較的早いタイミングで管理職に就き部下を持つようになる。

教育や育成も役割になるのだが、ここでも躓く。

そこに意思がないから、自分の言葉でメッセージが出来ない。
基本的に受け売りの言葉で繋ぎ止める。

そんなどこか違和感を持ったまま生活を過ごしている中で、パートナーの妊娠が発覚する。
安定期に入った時に年末頃が予定日ということと併せて報告をする。たくさんのお祝いの言葉をもらう。

でもここでも違和感を覚える。

「これまで以上に仕事頑張らないとね」

「嬉しいことだけど、子どもが生まれたら飲みには誘い辛くなっちゃうなぁ」

今までの自分であれば特にそのまま落とし込めていたような言葉。

この違和感がなんなのかはまだこの時点では分からない。

妊娠後期に入り、パートナーのお腹がどんどん大きくなる。

定期検診のため、午前にお休みをもらった日があった。

午後出勤をした際にもたくさんの人が気にかけてくれる。
「予定日が年末年始なら数日間一緒に入れるね、よかった」

「奥さん支えるために産後はテレワークメインでも大丈夫だから」
ここで違和感の正体に気付く。

そうか。

当たり前のように自分が働き続けることが前提になっているのか。

それと同時に。周りの前提に合わすべきと思う反面、正直な自分の気持ちにも気付く。

子育てにたくさんの時間を割きたい

産後のパートナーを近くで支えたい

彼女からかけられた言葉が頭を過ぎる。

「無意識に自分を押し殺してる、そんな呪いから開放してあげたい」

正直な自分の気持ちを抑えて、これまで通りに働き続けるだけの意味はもう考えられなかった。

「1年間の育休を取ろうと思っています」

娘が生まれる予定日の2ヶ月ほど前。上司との面談中に真っ直ぐに伝えた。

周りからの色んな言葉。

ポジティブなものもネガティブなものもたくさんあったけど、その時の自分にはもうどちらでも良かった。

初めて自分らしさを出せた瞬間。

周りの言葉なんてもう気にする必要ないから。

親子の写真

こんな大きなきっかけをくれたのがたった2人の女性で、かつその内1人では何も出来ない、なんならまだこの世の生まれてもないお腹の子なんだから、人って面白いなって思う。

これから先、パートナーとして、親としてたくさんのものを与えていくことになるのだろうが、それでも返し切れないくらい既に大きなものを与えてもらっている。

この1年間はもちろん、それ以降もずっと恩返しをしたいなと思う。

これまでは常に周りに答えを求める人生だった。

もう一度言うが、別にそう過ごしていたこれまでの人生を後悔しているわけでもない。

でも今の自分の方が好きだということだけは言える。

自分らしい人生がやっと始まった気がする。

***

23aw-phase youの画像
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