JOURNAL

森へツリー狩り


あっという間に2019年。
明けましておめでとうございます。

約1ヶ月前、念願のツリー狩りに行って来ました。
サンクスギビングが終える11月末から街中のあちこちでフレッシュなツリーが売られ始めるのですが、今年はせっかくなら森まで木を採りに行きたい!! とオットに相談、というより、懇願。
わたしたちの暮らすポートランドからは車で1時間も走れば、壮大な絶景、雪山が広がっているのです。そしてオレゴンは全米一を誇るツリーの生産地なのですから。

しかし、オットが乗り気でないのは知っていました。もう何度も何度も聞かせられたクリスマスの思い出話から。そう、彼はもうやり尽くしていたのです。
曰く、こだわり屋の彼の両親は早朝から出かけ、日が暮れるまでパーフェクトなルックスのツリーを求めて雪山を渡り歩いては本当に気に入った一本を見つけていたそう。「まじ、大変だぞ」と念押し。

それでも私は気にしませんでした。そもそもパーフェクトなツリーを探すことがゴールではないから。ただ自分で森に入って木を探す、という行為自体に深い意義があると思ったから。
「ゆきーーーー」傍で話を聞いていた娘も大興奮してるではないか。


当日の朝、申し訳なさそうにオットに言われました。「ツリー狩りにはポットいっぱいのホットチョコレートがファミリートラディション(家族の習わし)なんだけど時間がなかった」。早朝にコーヒー屋の一仕事を終えて帰って来た彼。実はキミ、乗り気じゃないか。


目前にした白銀の世界。雪がこんなにまで眩しいってことを随分、久しぶりに思い出した。道なき道を足裏で踏みしめ、感を手繰り寄せながら、目指す自然界。
ダグラスファー、ノーブル、ノールドマンetc.
時間や空気さえ凍りついたような空間で、一本の木から雪を振り落として、大切に大切にいただいた。枝の感覚や傾斜具合、葉の色などはいつもより劣るけど、そのありがたさはいつも以上に深く感じられる、最高のクリスマスツリーだった。

結局、一番最後まであれでもない、これでもない、と雪に埋れながら歩き回っていたのは他でもないオットだった。
やっぱり子ども時代の風習が染み付いているのだな。来年は早起きしてホットチョコレートを用意しよう。ぼんやりとながら、心に決めた。

PS
新年になり、ツリーとはもうバイバイね、と説明したら、「どうして? ずっと一緒にいたいのに」と眉間にしわを寄せる娘。「もうツリーは森に帰らないといけないから」と返答するも「足がないのにどうやって?」とさらに困惑していました。我が家のリビングでもう少し共に時間を過ごしそうです。

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