JOURNAL

「言葉ひとつで、なにが変わるの」-夏生さえり-

「ねえ、“マザーズバッグ”って名前さ、いやだなって思うことある? 育児をしている男性として、なんで“マザー”やねんって思う? 悲しくなったりする?」

 

よく晴れた日。洗濯物を干しながら、夫に尋ねてみた。

 

なんでもお手伝いをしたがるようになった1歳半の息子が、濡れた洗濯物を籠から持ちあげては、夫に渡す。

最近は汚れた洋服を運ぶのも、洗濯機に入れるのも、絵本のお片づけも、犬のご飯の器の上げ下げも、なんでも小さな手で手伝ってくれる息子。

 

夫は「ありがと」とか「じょうず」とか丁寧に声をかけて、洗濯物を受け取ってはハンガーに通し、ベランダに立つわたしに渡して、しばらく考えたあとで「マザーズバッグ、べつにいやとか悲しいとかは、ないけど」と答えた。

 

「そっか。じゃあさ、もしマザーズバッグって名前じゃなくて、ペアレンツバッグだったらどう? うれしい? それともぶっちゃけ、どっちでもいい? 名前なんてなんでもいい派?」

 

「うーん……」

 

夫はまた考えて、「うれしいとか、そういうことじゃないかも」と答えて、それから一気に話し出す。



うれしい・うれしくない、いやだ・いやじゃない、じゃなくてさ。

 

たとえば男性誌に、「マザーズバッグ特集」ってたぶん載らないでしょ? 

でも「ペアレンツバッグ」だったら載るかもしれない。で、それを、普段から目にしていたら、「子どもがいれば、こういうバッグを持つんだ」と、子どもを持つ前から知識がつくよね。

 

 

俺も“マザーズバッグ”って、最初は勝手に「授乳のための機能」とかそういう母ならではの機能がついていると思ってたんだよ。

マザーって限定しているくらいだし、女性専用の特別な機能があるのかなって。

 

だから積極的に調べなかったし、マザーである君が選んで、そのデザインが嫌いじゃなければ自分も使おうかなっていうくらいの感覚だった。

 

 

でも今は「マザーズバッグ」が、荷物がたっぷり入る、育児に適した機能があるバッグだと知ったから、だったらもっと、自分で選んだりしたいなと思うようになったんだよね。

ファッションの一つとして、男性自身が自然と目にする機会が増えたりしたら、最初から機能を勘違いすることもないし、自分も選べるものだと思えるようになる。

 

 

もちろん、名前ひとつが変わっただけで、急に育児をし始める!とかそういう劇的な変化はないかもしれないけどね、でも、意識は変わるかもしれないし、自分で欲しいものを選んで持つパパは増えると思う。

 

そうやって買ったバッグがあれば、子どもとの外出も今よりもっと楽しくなるかもしれないよね。

 

 

だからね、言葉が変われば“うれしい”って、そういう話じゃなくてさ。

 

名前が変われば、いろんなものが変わると思うな。世の中の扱いが変わる。意識が変わる。そういうことなんじゃないかな。



言い終わると同時に洗濯物を手渡し終えた夫は、息子に「じゃ、お出かけの準備しよっか」と声をかけ、リビングの奥へと消えていった。

 

そっか。時代に合わせて言葉を変えて誰かに気を使おうとか、パパを喜ばせようとか、これは、そういうちいさな話じゃなかったんだ。

 

本当は、「マザーズバッグ」でも「ペアレンツバッグ」でもどっちでもいいじゃん、と思っていたのは、わたしの方だった。

 

どちらの名前でもマザーであるわたしは自分が使うものだと認識するし、変わろうが変わるまいが、なんの影響もないんだもの。

 

でも、言葉ひとつで、パパたちの未来が、変わるかもしれないのか。パパの未来が変われば、夫婦の未来も変わるかも。それは、子の未来が変わることにも、なるのかも。

 

その一助となるのが「言葉」なら、それは変えていかなくちゃ。

だって、育児も、夫婦で、家族で、みんな楽しいのが、いいもんね。息子から夫へ、夫からわたしへと手渡された3人の洗濯物が、笑うように揺れる。

 

部屋に戻ると、夫はお出かけの準備を終えていて、息子に上着を着せているところだった。

 

「お水、入れた?」「入れたよ」

「替えのオムツは?」「もちろん入れた」

「靴下履かせた?」「もう履かせたよ」

 

口うるさく心配するわたしをよそに、夫は、最近夫婦で使いはじめた黒のペアレンツバッグの中に、食事用のエプロンも、替えのオムツも、お出かけに必要なものはぜんぶ入れて、息子と一緒に靴を履く。

 

今日は、夫と息子はふたりで遊びに行く日で、わたしは溜まった仕事をこなす日。

 

 

はじめは「息子とふたりでおでかけ……緊張する……」なんて言っていた夫も、いまでは自分で子連れに優しいカフェを開拓し、一緒にご飯を食べて帰ってくることもしばしば。

自分の好きな場所に息子を連れて行ったり、友人と息子を会わせたり。一緒に選んだシンプルなベビーカーに、一緒に選んだバッグを添えて、夫はたのしそうに出かけていく。

 

「いってきます」

ドアを開けると、走り出す息子。

 

時代はまだ過渡期にあって、選びたいものを選べないひとも多くいる。

育児も家事も(さらに仕事も)母親ばかりに負担が寄ったり、大黒柱にならなければと重圧を感じたりする父親もいる。

 

 

 

選びたいものを好きに選び取り、自分たちならではの育児スタイルで、心地よく自分たちらしく生きられる家族が増えるために変えなくてはいけないことはまだまだたくさんあって、

問題は山積みで、なにからすればいいのか、わたしなんかに何ができるのかと、無力感にまみれる日もあるんだけど。

 


でもね。気づいた人から、できることをすこしでも。

 

それが、わたしに、わたしたちに、できること。ささやかなものを変えていった先の未来で、愛する子どもたちは生きていくから。

 

 

夏生さえり

 

 

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