JOURNAL

月が重なる日

いつもは、考え考え、直し直し書く文章も、

今回はいつもよりちょっと一気に書いてみようと思う。

 

月が大きなあの松の木と重なる日が、またやってくる前に。

 

 

17時台だったのだと思う。

一年前の12月のあの日、夫の祖母と一緒に最後の月を見たのは。

 

その夜、夫の祖母「ばあちゃん」は自宅で息を引き取る。

同居していたわたしたち家族のだれもこんなに急なお別れになるとは予想していなかった。

 

冬至を前にした12月の今頃は一年のなかでもっとも日の短い時期で、

緯度の高い北海道は本州以南に比べてなおのこと日が暮れるのが早いらしい。

 

わたしの暮らす町の日の入りは15時57分、

16時を過ぎれば、もう部屋の電気をしぜんと付けたくなるほど暗い。

 

 

 

娘は2歳半になった今でも月を空に見つけるととても喜ぶのですが、

 

 

一年前のその日も、「あった!」「あった!」と、

 

自宅玄関の正面に立つ、見上げるほどの大きな庭の松の木に

ちょうど重なって月が浮かんでいるのを見つけ、

 

「あった!あった!」と指をさし喜んだ。

 

夫の祖母「ばあちゃん」は、そのときようやく笑った。

 

亡くなる数時間前のことだった。

 

月が重なっていたのは、右端の松の上の方に。写真はまだ明るい時間帯のもの

 

ばあちゃんはその日、一日豆選り(より)をしていて。

30数年前に祖父と建てて、今は誰も住んでいない「旧宅」で、

亡くなる当日まで豆選りをこつこつとしていた。

こちらはある秋の日の豆選りのあと

 

年末につくる毎年恒例のよもぎ餅のためか、年が明けてからお汁粉をつくろうと思っていたのか、

じいちゃんの月命日につくるいつかの黒豆ごはんのためか、作り置きおかずの煮豆のためか。

 

いつも未来の食卓のために、こつこつこつこつと何かの下ごしらえをしている人だった。

 

 

17時を超えていただろうか、たまたま娘とわたしが薄暗いなか旧宅の前を通ったとき、

 

ばあちゃんも豆選りの仕事を終えて帰ろうとしているところで、

 

いつもなら顔を合わせれば「こはな」と、ひ孫である娘の名前を呼びかけて笑ってくれたばあちゃんが

 

その日は、笑顔がなかった。

 

 

 

だから、いつもと違う、よっぽどしんどいのだ、という警笛は

 

わたしのなかで大きく鳴っていた。

 

 

 

旧宅から今住む家の玄関まで10mほど、

 

心配するわたしに「大丈夫、大丈夫」と言って杖をつきながらかぼそく歩き、

 

そして、もうすぐ玄関、というところで娘が本当に無邪気に、

「あった!あった!」と松の向こうに隠れていたお月様を見つけて喜び、

 

その娘の様子に、ばあちゃんが笑った。

 

 

あの頃、娘はたしかお月様のことを「ま」と呼んでいた。…

 

 

 

「愛しさ」が詰まっている思い出。

 

思い出すと一年経ってもまだ切ないものだなと今回書いてみて思う。

 

きっとだれもがみんな、こういった忘れられない「あの日の光景」を心に持っているのでしょうね。

 

 

 

娘がお月様を好きになったのはたぶん、

 

ばあちゃんがよく、膝の上に抱っこしたり、吹き抜けから垂らしているブランコに娘を乗せて揺らしてあげながら、

 

「おつきさまあったよ!」と窓の外のお月様を0歳の頃から一緒に見ていたことが、

好きになったきっかけの根っこにあると思う。

娘0歳7ヶ月、ぶらんこに乗せてもらいながら、窓からお月様や「カーカーさん(カラス)」を祖母とよく見ていた。

 

 

今でも、保育園のお迎えで園舎から出ると月を探しているし、

家でぐずったときは夫に抱っこしてもらって縁側からお月様を眺める。

先日は夕飯をつくっているときに「おつきさま みようー!」と服を引っ張ってきて、風流なお誘いだなとちょっと笑った。

 

わたしと夫だけでの暮らしじゃつくれなかったかもしれない娘の「好き」が

この後の彼女の人生にどのようにか関わってくるのかなとふと考える。

 

いまピアノに興味があるようで夫の父が出先で買ってきたおもちゃのピアノでちょくちょく弾き語りのリサイタルをしてくれる^^

 

成長とともに忘れてしまうかもしれないし

もしかしたら大なり小なり、影響していくのかもしれない。

 

わたしが21歳の頃に職業を本気で考え始めた時

「こんなことが叶う仕事がしたい」と根底に置いていた考え方は、

 

幼い頃に毎年両親が連れていってくれた夏の家族旅行の帰り道に車中から見ていた光景と、

その時に思っていたことが影響している。

 

だから、幼い頃に見聞きしたことや感じたことが、

人生の選択に影響を与えることって大きいと思っている。

 

 

娘の好きは「なに」で、どんな風に物事を考えるのか。

 

一緒に暮らす家族たちが広げてくれる娘の世界。

 

我が家の同居の暮らしは、子どもの世界を空へ、地へ、みんなで拡げる暮らし。

 

 

 

ばあちゃんが嫁いできた頃(60年以上前!)に庭に植えたと言っていた庭の大きな松に

17時頃、今年もお月様は重なるだろうか。

 

一周忌のその日は、娘のはじめての保育園での発表会で

その後同じ町にあるお寺で法事が行われる。

夫の兄たちの家族も帰省してくるので、とてもバタバタと賑やかな一日になることでしょう。

 

一緒に暮らした家族を喪うのも、
いま暮らしている家にその人との思い出があるのも、

核家族で転勤族の家庭に育った私にとってははじめてで。

 

日が落ちたら、娘と一緒に月を見て、そっと偲ぶ時間をつくれたらいいなと思っている。

 

今日も娘と保育園から帰って車を降りたら「ママ おつきさま みよう」と誘われる。16時半すぎ、月はまだ低く森の上。毎日お月様を探して見るのも面白いね。

 

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