JOURNAL

放った小石のように、風のように。

今回も書かせていただきます「三世代完全同居」のリアル。


こう書くと、なんともワイドショー的見出しですね。笑

先日、MATO JOURNAL編集部さんより

「垣根のない子育て」というメッセージを頂いた。

そしてそこには、こんなコピーが添えてあった。


「あなたとわたしとあの人と。 垣根のない子育てを叶えよう」。

「あなた」はわたしにとっては夫、「わたし」はわたし。

「あの人」は?… 色んな顔が思い浮かぶ。

同居している夫のお父さんとお母さん。地域に住むしゃきしゃきの80代のおばあちゃま達。数年前に移住してこられたマダムさん。少し遠くに暮らす私の両親。…

私にとって、同世代は「共有・共感をする存在」で、

「一緒に子育てをしてくれている」と考えたときに思い浮かぶのは少し上の世代の皆さんだ。

少し前であれば、12月に亡くなった夫の祖母「ばあちゃん」も、同じ家に暮らし日々日々一緒に子育てをしてくれていた。


昨年の夏の終わり。収穫済みの紫蘇の枝を持って遊ぶ娘と一休みしている祖母。

私は、30歳になる頃まで、親以外の自分と異なる世代と深く接することが少なめな人生を歩んできた。

赤ちゃんを、年子の弟以外ではじめて抱っこしたのは20代も中盤になってからでそれも仕事でだったし、実家の祖父母や叔父叔母と会ったことがあるのは片手で数えられるかそれより少し多いくらい。

もちろん、未熟なわたしが気づけないところでたくさんの「異なる世代」の皆さんに育てて頂きながらここまでやってこれたことは間違いのないことだけれど、

そういった異なる世代の方々と「対面して会話する」「同じときを過ごす」ことの時間の総数は多くなかったと感じている。それもわたしにとっては本当。

だからこそ、30歳になる頃に、仕事でおじいちゃんおばあちゃん世代と深く関わるようになり衝撃を受けた。

なんと豊かなものをお持ちなのだと。積み重ねてきた経験、育んでこられた思い出。

それらを継いだり形に残すことがないかもしれないということを、もったいのないことだと思ったし、なによりその方々自身も寂しく思うこともあるのではないか。…

そんな流れをすべて含んで、わたしは、三世代・四世代で暮らすこの環境で子育てをしているのだろうと思う。


編集部からこの春のメッセージをいただいてから、ずっと頭の片隅でじんわり考えてきた。

「子育ての中で感じたジェネレーションの垣根と、それを超えていくヒント」について。

まず最初に、「わたしはまだ答えをもっていない」、と思った。

垣根とヒント、それはわたしにとっても現在進行形で直面したりゲットしたりしながら暮らしている。

そんなわたしが、こうしたらいいのかな、こう思ったらいいのかな、と

自分のなかで、咀嚼して身にしている最中のことを書いてみたいと思う。


考え事があるときに散歩に行きたくなる山あいの畑。妊娠中もよく歩いていました。身内と動物以外はだれも通らない静かな場所。

 

「自分にとって”それ”が大事なように、相手にとってまた別の”それ”が大事なのだ」

別の言い方をすると、「自分にとって大事な“それ”は、相手にとって大事でない」。笑

自分にとって、大事にしていることってありますよね。

わたしであれば、娘の使う食器類と大人の使う食器類をわけたい、

おやつは添加物や着色料のないもの・天然糖以外には気を配る、

服やおもちゃなどはじっくり選んで買いたい、などなど。

 

しかしびっくりするくらい、それらは相手にとっては大事でなく小さな事で。笑

 

「お腹いっぱい食べられることが大事」「甘いものをあげて喜ぶ顔が見たい」

「防寒できることが大事」「音がなるおもちゃが売ってたから喜ぶと思って」… 

 

身体に関わること、食べ物に関してはわたしのなかで譲れないので「やめてあげてほしい」と伝える。

伝えれば「いまの若いひとはそういう考えなのよね」とほぼ考慮してくれる。

 

それ以外は、娘が喜ぶ打率100%なので!、

「わたしには与えられなかったものをもらって娘もわたしもよかったね〜!なるほどね〜!」と思う。

 

ただ、長く使いそうなものや、癖につながるようなものを新しく購入してくれるというときは、

どんなものが良いか具体的にリクエストさせてもらうようになった。

たいていは「じじ」(夫の父)が「今度○買ってきてやるからなぁ〜」など孫である娘に嬉しそうに語りかけているので

それをキャッチしてリクエストさせてもらう。ありがたいし、ほほえましいですよね。

娘も朝から晩までじじが大好き。娘の世界に、大好きな人がいっぱいいて幸せなことだなと思う。

 

「風のように流す」

これは4年間一緒に暮らした夫の祖母 ばあちゃんの言葉。

(ばあちゃんは、自身が嫁いできたときには夫の両親との同居そして介護、

その後は長男坊のお嫁さんとの同居そして男児3人の孫育て、

そして孫の嫁であるわたしの登場、さらにひ孫誕生、と同居のエキスパートみたいなひとでした。)

 

そんなばあちゃんが台所で、たしか一緒に天ぷらを揚げているときに言っていたんだったかな。

 

良からぬことを言われても「風のように流せるようになった」。

 

「ばあちゃん」も、またお義母さんも、

お嫁さん時代があり、姑時代があり、その時代なりのジェネレーションの垣根がずっとあり続けているのでしょうね。

それはいつの世もきっと同じ。

 

印象的なのは、現代に新しく登場したものを一緒に使うと、みんな楽しそうだということ。

 

スマートスピーカーであったり、(ばあちゃんが演歌を聞こうと「おーけーぐるぐる」と声をかけていたときは家族で笑いました。OK Google!)、

PELICAN BACK PACK AIR であったり。→ レビュー記事

 

風のように流すということは、無視とは違う。いまならようやくちょっとわかる。

吹いている風を頬に受けたときみたいに、そうなんだねと認めてただ吹き抜けさせる。それでいいのかもしれない。

ばあちゃん、金言をありがとう。

 

「腹を立てる相手は、本当は信頼している相手かもしれない」

meditationのワークショップをアーカイブで聞いていたときに聞いた言葉。

もう少し正確に言うと、魂では信頼している相手かも、というお話。

まだわたしには魂だったり今世や来世だったりは理解できていないけれど、

修行させてくれている・成長させてくれている相手と思えば、確かに。

と、ぐっときたのでした。

 

「それぞれの子育ての話、子ども時代の話を聞いてみる」

親世代から、祖父母世代から、叶うなら曽祖父母世代から。

 

こちらは夫の祖母 ばあちゃんから聞いた話。

「着古した着物からオムツをつくり、予洗いは沢の水でしていた。冬は沢の氷に穴を開けておいてそこで洗えるようにしていた(ここは冬はマイナス20℃にもなる地域)。乾くのにとても時間がかかった。」


沢、12月中旬の様子。1月2月は積もった雪であたり一面真っ白もふもふになります。

「冬、眠っていると口元の布団が凍っていることもあった」

「子どもの頃、秋にじゃがいもが穫れると家族みんなで一年分のデンプンをつくった。昔はお菓子なんてなかったから、そのときにみんなで食べる”デンプンかき”(わらび餅のようなもの)が楽しみだった」…

純粋に凄いなぁと、勇気をもらう。

祖父母世代(またその先代たち)がそうした根気の手仕事で成り立たせる時代で子育てし、親世代は流通や交通がどんどん便利になり勢いのある時代で子育てし、今の私たちの時代につながっている。

相手のジェネレーションの垣根は、どんな時代背景のもとに生まれたのかと想像すると、歴史の勉強みたいにもなってちょっと楽しい。

 

そしてわたしは、10代で親元を出てしまってから20代はあまり帰省もしてこなかったので、実家の親からももっと話が聞きたいなと思っている。

きっと心強くなるだろうと思う。もっと身も気も軽く、帰省や行き来がまたできる世の中になったらいいなと願っている。

 

「逃げ道を持っておくこと」

ストレスの元に、正直に真正面からぶつからないで良い。

たとえば同居の日々のなかで、顔を合わせたくないということがそのときの本心なら、合わせなくて済む場所をつくっておく。

もしくは、そういう場所をつくりたいと言葉にして相談をする。

長く続けるためなら、逃げ道も大事。

場所や物など物質的に頼れるものがあると思うと、それだけで肩を軽くしてくれる。

「小石と一緒に考えもポイッと捨てる」

先日娘と散歩をしていたら階段を見つけ、

下ってみたら沢の水べりに降り立てた。今年最初の川遊び。

 

わたしは子供の頃から石がなんだか好きで、そのときも小石を手に乗せ写真を撮っていたのですが、

それを娘にとられ、ポーイと川の中に放られる。

2回目にポーイと放られたとき、

「娘が小石に手を伸ばしたときに、写真を撮りたいと思っていたその思いもポイッと、わたしも捨てられたらいいんだな」と思えた。

 

これまでずっと自分のなかでぶつかっていた壁があって

「思っていることと違う出来事が起きたり言われたりするといらいらする自分」。

 

「こうしよう」と想像したちょっと先の未来のことも、「こうだ」と信じている考え(こちらのジェネレーションの垣根)も、

固執せずに相手の登場とともにすぐにポイッと手放せられたらいいのかもしれない。

 

5年前の日記に、『私は、なにかに煮詰まったとき大体は「手一杯」なことが多い』と書いている。

 

こうしようと想像したちょっとした未来や、信じて貫きたい考えを抱えて、いつも手一杯なのかもしれない。

娘が川へ放った小石や頬に当たる風の想像に助けてもらいながら、両手をあけて少しでも軽やかに、これからも色んな世代の皆さんと向き合い暮らせたらと思う。

 

吹き抜ける風、イメージ。昨年初夏の牧草地。牧草刈りをがんばる夫へお昼ご飯を届けに娘と歩いてきたときのこと。北海道にももう少しでまた緑の季節がやってきます^^

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